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田舎学生の海外大学院学位留学挑戦記

とある田舎出身の学生が海外大学院での学位留学に挑む汗と涙と命を賭けた壮絶な体験記です。

留学記第 9.1 章 ~ 出願も大仕事 ー SOP 編 ー ~

[ 1 年の集大成 ]

今回は近況報告が長いので、出願に関して情報が欲しい方は、出願についてへ飛ぶことをオススメします。
(次は番外編【卒業に関して】も書こうと思っているので、興味のある方はこちらも一読ください!)
takuyakurihana.hatenablog.com

近況報告

今週は筆者にとって天国の一週間となった。
前回のブログ更新後に、筆者が所属していたサッカー同好会の同期と沖縄へ3日間の旅行
最初で最後の友人との卒業旅行は最後の「大学生らしい」ことができた良い思い出になった。

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また、沖縄旅行の最終日の朝に Pennsylvania State University の気象学科から奨学金付きの合格メールが届いた。

Penn State は、気象学において数々の優秀な気象学者を輩出した超名門。

もともとコンタクトはうまくいっていたが、実際に合格通知を前に素直に嬉しさが込み上げた。

加えて先日は筆者の大学の卒業式
卒業や進路については、番外編で思っていることを書いてみる。

出願 <SOP> について

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University of Notre dame の HP より

英語のスコア、研究、推薦書、コンタクト、GRE奨学金、...と様々な準備を出願の前にしてきたが、最後の関門がある。

それは、Statement of Purpose。SOP と言われるものである(大学によっては、Personal Statement : PS とも)。

この SOP は、諸説あるが、筆者がバークレーのアドミッション説明会を聞いた際の担当者の方や、知っている限りの大学の教授陣は、「最も重要な書類の 1 つ」と口を揃えて言っていた。合格を左右するカギである。

筆者は 9 月末~ 10 月の頭から構想を練り始め、添削を6,7回は最低繰り返し 11 月頭に最終版を完成させた(その後は出願大学に合わせて少し書き換えるのみ)。良い SOP 作りには、最低でも一か月以上はこの準備に要する必要があるし、見積もっておく必要があると思われる。

ネットには多くの SOP の書き方を指南するページがあるので、一般的なアドバイスはそちらを参照されたい。

ここでは、筆者がどうやって書きあげたかを紹介したい。

*幸いにも筆者にはお手本となる先輩から直接 SOP の見本を頂けたし、英国の Ox 大に派遣されている研究室の助教とその仕事仲間にも協力をしていただいた。さらに、仲の良い準ネイティブ(幼少期からインターナショナルスクールに在籍)の友人は、いやな顔せず何度も添削に付き合ってくれた。

筆者の個人的なアドバイス

*ここでは個人的なアドバイスをするので、専門家の意見も参考にされたし

書き方

筆者の経験から、SOP には 3 つの話の軸があると個人的には思う。

1.なぜ~大の○○学科へ応募したか・きっかけ

2.今まで何をしてきたか・能力や経験のアピール

3. 将来の展望・目標

この 3 つの軸を中心に、川の水が淀むことなしに流れるが如く、サッと読めるストーリーを A4 2 ページ以内で紡ぐ必要がある。
これまた要出典情報だが、SOP 最初の数行、特に書き出しの 1 行には、審査官となる教授陣に強く残る言葉を書く必要があると聞いた。

というのも、悲しいことにこれらの書類はすべて読まれるとは限らない。数行をぱらっと読まれて終わってしまうことも時にあるらしい。

読者の中で、これから SOP を書く必要がある方は、書き方としてこれらの点に留意すると良いかもしれない。

構成例

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添削方法

次に大事なことは添削である。

申請書類の推敲は必須であることは言うまでもない。
加えて、筆者はあまり文章を書き慣れていないので(だからこうやってブログを書き始めた節がある(笑))、なおさら骨が折れた。
ここではどう添削すれば良いのか指南したい。

筆者の独断と偏見で選ぶと次の順である。

1.自分の研究分野の研究者・博士課程の学生
 *特に第 1 希望の大学に所属している人や合格者に知り合いがいたらベスト

2. アメリカ、イギリスなどの大学に正規で在籍している・在籍していた人
 
3.ネイティブ、またはそれに準ずる人(学生でなくても良い)

まず、1 の人からは内容面で良いアドバイスがもらえる。
筆者の場合、助教の同僚がアメリカで修士まで取得し、博士をイギリスで過ごしている人であった。
研究面のどういうところを押すかや、英語も直していただいたので一石二鳥であった。

2. の人からは、エッセイで使うべき単語について助言がもらえるはずだ。
日本でも口語と文語があるように、英語にだってある。
アカデミックで使うべき言葉選びは、アメリカやイギリスの大学で勉強している学生から意見をもらうとよいかもしれない。

3. は最後の文章のブラシアップ程度。
英語の文章だからと、英語が母国語の人を求めがちだが、これは正しくはない。

日本人でも、大学以上の教育を受けている人と、そうでない人ではアカデミックな文章を書かせたら差が出るし、同じ大学生同士でも専攻が違えば同様である。

第一に、SOP は英語のテストのライティングとはまた違ったものである。
英語に間違いがあってはいけないが、かと言って正しい英語で書けたからと言って、中身が薄っぺらいものになっては元も子もない。この点注意してほしい。

途中結果

現段階での出願結果をまとめておく(以下通知順)。

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4月から進学先候補

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番外編 ~ 卒業に際して ~

1月末ころからブログを書き始めました。
主に海外の大学に現地の学生として入学しようと目指す見知らぬ後輩のためにアドバイスとなる話をまとめたものです。

まだ読んでいない方は、今後は留学先での生活記として現地での体験を紹介していこうと思うので、お暇なときにたまに読んでコメントして頂けると、非常に嬉しく思います(笑)

いつも読んでくている方々
僕の拙い言葉でつづられた、時折エモさが漂うブログを毎回?読んでいただきありがとうございます。
今後も楽しみにしてください!
アフィるつもりはないので、今後もノー広告でストレスフリーなブログで居続けます(*^▽^*)

進路について

筑波大学で学士を取ったあとの進路は、SNSで書いたようにドイツのミュンヘンにあるルートヴィヒ・マキシミリアン大学ミュンヘン(通称:ミュンヘン大)へ 4 月から進学する予定です。

ここには気象予報の精度向上に関する「データ同化」の研究で有名な若くて優秀な先生がいます。
この先生のもとで修士をとり、もう一度アメリカ大学に挑戦しようかなと思っています(そのままドイツで半永久に過ごすのもいいですけどね!!)。

ミュンヘンは一度旅行で行って、かなり好きでした。
この時、ドイツ人は日本人と近い感じがするなと思ったんで(性格的に)、ここでの生活が楽しみです。

サッカー、ビール、旅行が好きなので、研究の合間に楽しみたいですね!(^^)!

志望までの経緯

研究の世界(特に大学院以上)では、ご存じのようにハーバード大学マサチューセッツ工科大学など数十校の優秀なアメリカの大学に世界中から優秀な若者が集まっており、日本、イギリス、ドイツなど研究で素晴らしい業績を残している国と比較しても頭一つ抜けた存在です。

もちろん気象学でもアメリカには多くの著名な気象学者が在籍していますが、意外にも、僕の研究分野の気象予報に限るとヨーロッパの予報機関(気象庁的な国の機関)がダントツで正確ですごいんです。

このため、秋ごろまではイギリスのインペリアルカレッジ・ロンドンを第一希望としていました。
ここの学科は、世界 No.1 の予報精度を誇るヨーロッパ中期予報センター(ECMWF : 通称 EC)と協力体制で授業を行い、かつ 4 年間で修士と博士合わせてを取れるところでした。

しかし、イギリスの大学では EU 圏外の学生は奨学金を持ってこないと一般的な家庭出身者はほぼ進学不可能です。学費と生活費で 1 年間で500万は裕にかかります(笑)
(通常、日本以外の欧米先進国のトップ大学の大学院生には授業料をとらない、もしくは学部や研究室が支払う、なおかつ給料が出る)。
奨学金を取ることが惜しくもできなかった僕は急きょ第二志望以下のアメリカ・ドイツの大学に切り替えました。

気象予報は国家プロジェクトであり、かつ僕の研究分野のデータ同化は1980~90年代以降に研究が進んだ若い分野のため、なかなかデータ同化を専門とする研究室が気象学科になく、かなり大学選びに苦労しました。(結局出願直前まで研究室探しは続くことに…(^-^; )

加えて、今もそうですが、そのまま研究者として生き残れるのかといった不安があるのも確か。
そこでアカデミックではない進路を博士を取っても選べるように様々な学部で似たような研究をしている先生を選んでいきました(結果的に物理学、応用数学、工学系と幅広い出願になった)。
*博士を取る決意をしたことについては、以下参照
takuyakurihana.hatenablog.com

卒業に際して

卒業に際して、両親には頭が上がりません。

本物の勉強なんてしたこと無い脳筋だった高校の時の僕を予備校に行かせてくれたことには感謝してますし、大学で奨学金を借りることなく行かせてくれた父親は偉大すぎます。
なにより息子が本気でやりたいことを応援してくれる家庭に生まれて幸運でした。

友人達にも感謝しています。

特に…

毎回飲んで騒いだり、夢を語り合ったり、深夜の2時に成田に迎えに来いといって本当にレンタカーできた予備校時代からの親友の M 君には感謝してます。

ブログではあまりかけないことを一緒に楽しくやりましたね(笑)、同じサークルの Y 君と S 君、最高です!

サークルの同期は、ぼろぼろの膝で思うようにサッカーできない僕でも受け入れてサッカーを続けさせてくれました。愛しています。

他にも書ききれない程お世話になった皆さんの事も好きです。一方通行かもしれないですけどね!ありがとう

出願までの楽しさと苦悩

今まで研究なんて 1 ミリもしたことが無いし、コンピュータープログラミングも授業以外したことがない 1 年前の 4 月から、今や、ある程度胸を張れるくらいには(笑)できるようになった今を考えると、この 1 年間、このようなが学位留学を目指して努力を重ねたことは間違いではなかったと思います。

しかし振り返ると、楽しい時もありましたが、精神の崩壊を何度か垣間見ました(笑)

一般的な学生よりは英語ができる僕も、やはり、”できる”界隈から比べたらまだまだで、IELTS / TOEFL といった語学試験には最後の最後まで本当に苦労させられました。(TOEICはリスニングとリーディングのみだが、これらの語学試験は科目数はスピーキングとライティングが追加され、難易度も高いものもある)

研究経験が皆無だから、夏までは論文を読んでもいまいちわからないし、わかってもプログラムが書けなかったり、プログラムを書いても結果の図が何か違う(笑)という状態。
最初の論文紹介では、教授に「何をいってるかわからない怒」と言われる羽目。いや、僕もわからないですよ!
(*ちなみに教授はデータ同化の専門ではないが、基本的な知識は理解している程度。)


なにより、学位留学なんてする人が周りにいない!!

何をしたらいいのかわからないから、必死にネットで情報を集めまくる日々。
朝と夕の区別が無く、ゴールが曖昧で遠すぎて見えない日々に、「本当に自分は海外の大学に入学できるのだろうか」と何度も考えました。

友人達は、そんな僕をいつも励ましてくれましたが、
「やっぱお前はすごいな~!」とか「がんばれ」などという暖かくも具体性がない助言がかえって苦しくもありました。

7月頃には、これら加え、奨学金の申請書も作らねばならず、一度、友人と気分転換に映画に行った後公園で相談しているうちに自然と重圧から泣き出してしまいました。この時は素晴らしい青空だったことは今でも覚えています。

しかし 7 月も終わりに差し掛かると、そんな日々に楽しさを見出せるようになってきました。
研究が少し進んだことに加え、メールを送った海外大学の教授たち数名から返信が来たのです。

今思えば、向こうは常套句で使った "Excellent!" といった言葉に変に勇気づけられたり、具体的にうちに来ないかとも誘われ、暗闇の先に光が見え道が開けた瞬間でした。

加えて、8月に財団の奨学生として、アメリカの大学に短期で研究留学して、データ同化の数学的な知識とプログラム技術を学び、同じ志を持つ KO 大の M 君という戦友ができてからは、苦しさもあったが、研究の楽しさを実感できたかなと思ってます。

帰国後の自分は自信がつき、卒論や研究所での研究を飛躍的に進めることができ、それがさらに自信と確かな実績となりました。

途中、奨学金が全滅するという大クラッシュでイギリス行が事実上消滅し、合格が半歩先だったところで自ら出願辞退を経験しました。世界の名門 6 校のうち、2校からはストレートで合格をもらい、2校は補欠、さらに超一流校のプリンストンも最終選考で落ちました。

やはり激動の日々でした。ですが、これもいい経験かなと思います。
結果的に自分の実力を評価もされながら、やはりまだまだ足りないものがあると教えられた気がします。

昔から惜しい男と、仲のいい奴らの間では有名でしたが、まだまだ惜しい男から卒業できそうにないですね。
自分は巷で流行っている「E判定から大逆転できる」ような人では無いよと、神様が教えてくれているのかもしれません。謙虚に生きろと!

総括

まだ、アメリカ行のチャンスはわずかに残っていますが、とりあえずドイツ行を決断しました。

結果は目で見えますが、目に見えない収穫としては、「研究」に充実感を感じたことです。
地味な日々のなかに、たまにエキサイティングな瞬間がある研究にハマってしましました。

それに、自分の中にゆるぎない人生の哲学を見出しました。

「100人の敵がいようとも、1人の親友がいればいい。
  自分の人生を、自分流の色に染め上あげよう!」

いつか、研究者でも企業で働く人のどちらになっても、皆さんの生活に貢献できることを成し遂げればと野望を抱いて、今後も自分らしく頑張っていこうと思います。

留学記第 8 章 ~ 運命の奨学金面接 ~

[ 己の価値 ]

近況報告

やっと筆者にも束の間の「春休み」が訪れた。

卒論明けから、今度はほぼ毎日研究所での RA をこなし、ワークシップの発表も終え、スパコンの講習会で大型計算機のプログラム方法を学んだ。非常に充実して実りのある日々であったが、同時にエネルギーも非常に必要だった。

3月も下旬に差し掛かろうとしているにも関わらず、相変わらずアメリカの大学院からは音沙汰がない。あまり良い傾向ではないので最近は期待感よりも、希望がくじかれてもメンタルブレイクを起こさぬように覚悟している(笑)

恐らく現時点ではドイツ行が濃厚であるので、約3週間後に渡独することになるだろう (予定) 。

奨学金面接

ここでは、なかなか対策が難しい奨学金財団 (ここでは特に学位留学を目指す人を支援している財団) の最終面接の様子を読者の皆さんに紹介したいと思う。
結果から言うと、どちらも最終面接で散ってしまったが、中島記念からは補欠との連絡だった。

であるから、奨学生ではない筆者は最終面接の様子をリークしても、現在のところは特段問題ないので、今後このような財団の最終面接を受ける方の参考になれればと思う。

参考までに、奨学金については第 3 章をみてほしい。

takuyakurihana.hatenablog.com


伊藤国際教育交流財団

一番始めに最終選考への案内通知が来たのは伊藤国際であった。
このご時世に、wordではなく手書きで書類を提出させる非常に準備の大変な財団である。

最終面接は 11 月初旬あたりであった。
受付の財団の方から、「選考委員の先生方は、あなた方の研究や将来の希望を聞くことを楽しみにされてますのでリラックスされて構いませんよ(*^▽^*)」と非常にアットホームな雰囲気であったが、

いざ面接が始まると、いわゆる圧迫面接というやつである(笑)

筆者の伝え方が悪かったのか(初見でなじみのない研究を数分で簡潔に話すのは準備をしていても大変であった)、ある先生からかなりしつこく質問され(この先生は少し私の研究を誤解?されていた)、上手くコミュニケーションが取れなかった。この点非常にもったいなかったと思っている。

筆者も、審査員の話をすぐ否定したり(笑)、お世辞にも良い雰囲気で面接が終われたわけではなかったので期待はしていなかった。

主な質問内容は以下
①研究内容
②留学先での研究について
③研究についての詳細
(手法、研究の問題点、扱うスケールなど細かく質問)
④今後の研究の方針

筆者は落ちはしたが、この財団のHPに加筆修正を加えさせるという偉業を成し遂げた数少ない人物の 1 人である。
記録ではなく、記憶に残る男であった(笑)

中島記念国際交流財団

大学のプログラムで氷点下25度を下回る極寒のアラスカに放り込まれる当日に面接があった。
ここも超圧迫であった。圧迫というより、鋭い質問に筆者がどの程度食いつけるか試したのだろう。

なんせ、ここで志望大学(当時 Imperial College London)を再考せよなどと言ってきたものだから、さすがにこの質問には上手く返せなかった(;^_^A
しかし、書類の内容は学部生のレベルを超える程素晴らしく書けていると素直に褒められた事は、正直自信となった。

主な質問内容は以下
①筆者の研究について、留学の意義、今後の方針など5分以内で
②研究分野の課題について
③志望大学とのコンタクト状況等
(ここで希望指導教官が若すぎると言われる)
④読んでいるジャーナルについて
⑤研究経験
⑥今後論文を出す予定

対策

筆者も良い対策方法が何かは断言できないが、様々な分野の友人に面接相手になってもらい、研究について深く突っ込んでもらうことしかないかもしれない。(面接では、ほぼ研究についてのみ質問されるので他の事はそれ程入念に対策しなくてよいと思う)

筆者の場合、夏の研究留学で知り合った K 大の M 君も伊藤国際の最終に残っていたので彼と数回練習した。
彼は非常に鋭い質問を投げかけてきてくれたので、かなり助けになった。(一方で筆者はたいして有効な質問はできなかったかもしれない。ごめんね!)

留学記第 7 章 ~ 崖っぷち?!の IELTS & GRE 対策 ~

[ 後回しは禁物!! ]

進展報告

更新がだいぶ空いてしまったが、2 つ程報告。

1点目は、年が明けてから 3 校目の出願結果が判明 ( イギリスは12月に出願後取り下げのため )。

MIT の Mechanical Engineering (MechE) に出願したが、不合格
MechE に属する海洋の予報やサイエンスを担当するグループと以前からコンタクトを取っていたが、MechE は MIT 内でも例外的に教授主導ではなく学部のアドミッションオフィス主導で学生を確保するため、中国やインドの怪物的な (異常に高い GRE *後述 と TOEFL / IELTS の得点学部の成績のつけ方 *後述 などの要因) 学生に書類負けしたと思う。

受かればラッキーと思ってた程度であるから、プリンストン程の衝撃もなかった(笑)。


2 点目は国際ワークショップ (所謂 "学会" のようなもの) への参加である。

筆者はデータ同化 ( Data Assimilation ) という計算科学の研究をしており (興味がある人はググってね!) 神戸の理研で卒論の内容をポスターだが発表する機会をいただけた。(*加えて共著の発表がもう 1 件)

普段論文上でしか見かけたことがなかった人が、実は自分の発表を聞いていたなんてザラであって、かなり興奮したし、サイエンスを通して年齢や立場を越えた議論が自由にできるというアカデミックの良い面を体感できた。

IELTSについて

ここでは、貴重な IELTS の海外受験の体験談を紹介したい。

以前のブログでも書いたが (1 or 2 章 ?!)、筆者は英語がネイティブ並みにできるわけではなく、語学試験で苦労した。繰り返すが、そんな筆者は語学試験での超高得点対策においては読者の皆さんに効果的な助言はできないので、失敗談から各自反面教師にしてほしい(笑)


アメリカのケース

春以降も月に 1-2 回のペースで英検協会に検定料を貢ぎ続けるも、Speaking と Listening であと 0.5 点さえあれば!!!!! 目標点を越えるのにという状態が毎回続いていた。

研究留学中のヒューストンでも貴重な土曜 (忘れもしない 8 / 27 日土曜日!) を犠牲に受験。ここで Speaking が 5.57.0 にパワーアップした。

IELTS では得点が 0 - 9 点の 0.5 点刻みで表示され、7.0 点程度が、通常の英語学習者からネイティブスピーカーとしての初心者クラスへと進化する境界線であると筆者は思っている。

日本と韓国(*後述)では 5.5 点であり、なぜか?!ミラクルが起きてしまった。

ネット上では(あくまで不確定なウワサでは)、英語圏での受験では Speaking の点数が過小評価される傾向にあるらしい。しかし、筆者はここでベストを取った。
むしろ国内の時よりも対策をしておらず、テスト中もあまり良い感触がなかったのでひどい点数を予想していた。今でも不明であるので、読者の皆さんのなかで IELTS を受けている人は、要因をいろいろ考えていただけると嬉しい。ただ、米国にきて 3 週程しか経過していないので特段英語が上達したわけではない。この点勘違いしないでほしい。(つまり、語学留学すれば語学が直ぐに上手くなるんじゃね?という幻想を抱かないでほしいという意味である)

実際、日本では満点近くの 8.5 点を常時たたき出していた Reading で 6.5 点とかなり下がってしまった。

言い訳をすると、とにかくヒューストンの受験会場は酷かった(笑)
机は音楽室や長距離電車にある様な、弁当が収まる程度の大きさの机と硬い椅子が合体している座席で、大して暑くない日なのに冷凍庫並みの冷房をガンガン効かしており、繊細な日本人には向かない(笑)環境であった。

加えて周りの受験者も日本の静寂と打って変わってうるさかった。集中力を保つことが必死であった。

アメリカのすべての会場がヒューストンのような環境とは限らないが、東アジア以外で受験するときは、騒音はある程度覚悟しなければならないのかもしれない(友人の体験談や他ブログに基づく)。

韓国のケース

日本が試験の 1 ヵ月も前に受験受付を終了するのに対し、韓国では 2 週間?程度前でも予約が可能であり、かつ日本で受験するよりもなぜか 4,000 円程安い(笑)。

10 月に最後と決めて日本で受けた結果も、会心の出来であったにも関わらず点数は相変わらずであり、背に腹は代えられぬということで、親に頭を下げ、急きょ 11 月に泣きの 1 回でソウルの江南にある受験会場でラスト IELTS (仮) を決行した。

韓国では日本で使えないシャープペンが使用 OK で、字が汚く筆圧が異常に濃い筆者にとっては Writing の点数を高く保つ高条件であった(実際最高タイの 6.5 点)。

加えて、受験者も都内のように多くはなく、ストレスフリーな環境で受験できた。

都内での IELTS はセンター試験並みの大きな会議室に 100 人以上の受験者をすし詰めにして Listening を行うので、めちゃくちゃ聞き取りづらい。しかし韓国では小教室サイズであった(試験会場によるので保証はできない点注意)。また、日本受験よりも若干ではあるが音声の速度が遅く感じた(*筆者の猛勉強の成果かもしれないので悪しからず)。


結局のところ点数は相変わらずであったが、あれだけ勉強して爽快に本番で解いてもあとわずかであったので、素直に筆者はまだまだ勉強量が足りなかったと思う。語学の出来はどれだけその言語に触れたかに大きく寄ると科学的にも言われているため(要出典)、これから IELTS を受験する読者の皆さんは、呼吸をするかの如く英語に触れてほしい。ちなみに筆者は春以降、起床中の活動時間はなるべく英語に接していた。

申込を忘れたがすぐに結果が欲しい方は韓国受験を個人的にはオススメする。

まとめると
海外で受験したからといって総合的な点数が大きく変わることはないが、各々のセクション(リスニングやスピーキングなどそれぞれの試験項目)について言えば、良くも悪くも都内受験とは変わった環境下やシステムで受験できるので、試す価値はあるかもしれない。勿論自己責任でお願いします(^-^;

GRE

次に、アメリカ大学院受験で必須の GRE ' Graduate Record Examination' について筆者の体験を紹介する。

GREGeneralSubject という 2 種類があるが、一般的には General 試験のみで十分である(志望大学の HP を要確認)。

Subject は 物理、生命、化学系の学科が、大学 1 年程度までの専門知識に対する習得度を測るため、General 試験に加えて課しているところが多い。
よって Subject は物理、数学、化学と単独科目を 1 つ選択する。(筆者もドイツの大学に数学を提出せねばならなくなったので今後紹介する)。

この GRE という鬼畜極まりなく、ネイティブでさえ地獄を見る試験は、算数の Quantitative、ネイティブ向けの国語の試験である Verbal、30分で新聞のコラム並みの論理を展開しなければならないエッセイパートである Analytical Writing (AWA) の 3 種目からなる、英語試験版トライアスロンである。

Quantitative は東アジア人なら満点を取らないといけないらしい(要出典)。
問題自体は特段難しくはないが、単語や問題の意味が分からなかったり、制限時間が35分で20数問?を解かなければならないので思ったよりも対策は必要であると、出来の悪い筆者は思う。

Verbal は文系や経済系、特にビジネススクール(MBA)でアメリカに行きたい方はある程度の点数が求められるが、理系で留学生なら、高いことに越したことはないが、まったくと言っていいほど教授は気にしない。これは確かな情報である。

AWA は3.5~4.0 は欲しいらしい(要は英語で論文を書く力を見ているため)。AWAGRE において唯一勉強のし甲斐があるセクションなのでテンプレの暗記を頑張ってほしい。テンプレは恐らく多くの人が、ある英語試験対策の学校が無料で公開している PDF のサイトを参考にしているので、これをヒントに探してほしい。


因みに筆者は二回受験し、二回目の勉強した方は
Q 165 / V 144 / AWA 3.5
という、あまりパッとしない点数であったので、皆さん頑張ってほしい。
因みに満点は Q & V が 170 点で、AWA が 6 点だったはず。
( 1 回目はお試しで受けて 160 / 147 / 3.0 )

理想としては、170 / 150 / 4.0 を取れたらなかなか素晴らしいと思う。

GRE の参考サイト

Magoosh というオンラインで学習できるサイトがあり、半年でも1万5,000円ほどなので是非このサイトと公式問題集を上手く使って効率的に短期集中で学習してほしい。

Magoosh
gre.magoosh.com

公式問題集
Educational Testing Service Online Store - The Official Guide to the GRE® revised General Test, Second Edition
* 最新版が出ていないか要確認。サイトにある公式問題集は 2016 年時点では最新版。


GRE ETS
www.ets.org

留学記第 6.2 章 ~ ヒューストンでの研究留学 - 後編 - ~

[ ヒューストンでの数少ない OFF の日 ]

進展報告

本日 (朝 5 時ころ)、本命のうちの 1 校の Princeton (プリンストン) 大学から結果が返ってきました。

なんと...

残念ながら不合格ということでした。" We regret ~~" で始まるお決まりの常套句を見た途端、何とも言えない切ない、片思いの女性にフラれた気持ちになりました。こんな気持ちになりのは何年ぶりでしょうか(笑)

Princeton と言えば、世界の名門中の名門。特に筆者の専門分野の気象では世界で初めて地球シュミレーションモデルを開発し、真鍋先生という偉大な日本人気象学者が活躍した、いわば気象学でモデル関連を扱う者の憧れの大学。

しかし、毎年大学院の合格者は世界から集まる何十何百という出願書類から僅かに 4 名しか合格が与えられない (オファー自体は 5,6 人程度か?)。

筆者の研究分野とドンピシャの教授が在籍しており、良く評価していただいて、「最終選考では君を推薦するよ!」とまで言っていただけたので、これは合格したかな?と期待していたが、やはり世界は広い。他の優秀な方には及ばずといった感じであった。

残念ではあるが、他にも 4 校からの結果が出ていないので切り替えて他に期待したい。
また、すでに決まっている LMU も筆者としては選択肢の 1 つではあるので大きく落ち込むことなく日々やるべきことをやっていきたい。


ヒューストンってどこ???

アメリカには 50 もの州と 1 つの特別区があるから、テキサス州なんて聞いても、実際どこにあるの??なんて疑問に思う方は多いかもしれない。
そこで少しヒューストンについて紹介したい。

Google マップで見ると、テキサスはアメリカの南部にあって、ヒューストンはその中でもメキシコ湾に近い、まさにアメリカの南の端である。

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Wiki 先生によると、人口が約 200 万人を抱えるアメリカ第 4 の都市らしい。

油田による石油化学工業、医療施設の集中による医療のメッカ、そしてアメリカ宇宙開発の拠点という様々な顔を持つ、国を代表するような地方都市である。(日本で言うと名古屋とか福岡的な感じであろうか?)

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/4/44/Panoramic_Houston_skyline.jpg/800px-Panoramic_Houston_skyline.jpg

(Wikipedia より)


思い出いろいろ

そんな都市に 6 週間程度滞在していたわけだが、そんな短い滞在期間で印象に残った場所を皆さんに紹介したい。


滞在場所 'Hotel Marriott'

有名なマリオットグループが経営する長期滞在者向けのホテルである。
プールや簡単なバスケコートがついていて、料理もまあまイケる味だったので満足である。
よく 1 枚目の写真の右側にある建物で夜遅くまで友人と勉強していたことは、非常に懐かしい。


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(1枚目:プールと管理棟。2枚目がレジデンス。3枚目が中の様子。ベットは大きくフカフカで最高だった!!)

NASA Johnson Space Center


泣く子も黙る?!NASA が訓練、研究および飛行管制のために使っている施設であるジョンソン宇宙センター。
1 度は行く価値があるが 2 度めはないといったところかな。

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(1枚目:打ち上げ用のロケット。生で見るとめちゃくちゃ×100 倍くらいデカい。2枚目が映画でも有名なアポロ計画時の管制室で、この部屋のしたにスパコンがある(現在はもちろん使用していない)。3枚目が研究+トレーニング施設。)


野球場 'Minute Made Park'

財団のご厚意で初メジャー。
地元のヒューストン・アストロズの試合を観戦。
首位打者のアルトゥーベはイチローみたいにめっちゃバッティングスゲーって素人は感じました(^-^;


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(スタジアム内部の様子)

巨大ショッピングモール 'Galleria'

ギャラリアという怪物クラスにデカい超巨大ショッピングモールに気分転換に Go!!
現地の祝日と重なっていたのでセールが開催されていて、アバクロでいい感じのポロシャツを買えました!

写真は Microsoft のブースで VR を体験した時のもの。
めっちゃすごいですよ、VR。皆さん是非体験してみてください。

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NRG Football Stadium

アメリカで最も人気のあるスポーツ。それはアメフト。
大学の全国リーグの開幕戦なのにこの盛り上がりは、アメフト人気もさることながら、地元愛と同窓意識が強いアメリカ文化特有だなと。

因みにこのスタジアム、今シーズンのスーパーボウルの決勝はここで開催されました。

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(ヒューストン大学とオクラホマ大学の開幕戦。特にオクラホマ大学は全米選手権を何度も制したリーグの超強豪らしいです。試合は地元ヒューストンが大金星)

その他

フラっと歩いているときに、面白いマックを発見。

なんと、遊べる!!!(笑)

童心に帰りたい方は是非どうぞ

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(ガラスのなかを良く見るとスライダーが!)

留学記第 6.1 章 ~ ヒューストンでの研究留学 - 前編 - ~

[ 代り映えのない毎日 ]

近況報告

研究・出願等々で大忙しの 1 年であった反動から、最近は無気力な日々が続いている以外は特に進展?といった進展もない(笑)
最近の筆者の Google での検索トレンドは 「無気力 燃え尽き 回復」である。

加えて、夜な夜なアメリカの大学から合格 or 不合格メールが来るか来ないかで心配し、精神が崩壊する寸前であるから、不安 & 無気力解消法を絶賛募集中である。

RICE 大学の基礎知識

前回のブログ 6 章でちらっと夏季休業中の研究留学の話になったが、今回は留学先のテキサス州ヒューストンにある RICE 大学での思い出について旅行記的に紹介したい。

まず RICE 大学について軽く紹介したい。

RICE は日本でも知名度は低いものの、アメリカでは非常に有名な少数精鋭の名門私立大学である。留学生も多く、学生の 1/4 は外国籍の学生が占める、アメリカの南部のイメージ (カウボーイ、白人優位とか?) と対照的な国際色のある大学である。

http://entr.blogs.rice.edu/files/2015/12/campusImage-269ro4b.jpg
( RICE 大学 HP より )

さらにライスについて知りたい方は、Wiki をざっと目を通すと面白いかも( ㊟ 英語版です笑 )
Rice University - Wikipedia


ケネディ大統領が月への有人宇宙飛行計画であるアポロ計画を発表した有名な演説、"We chose go to the moon" が行われたのは、この RICE 大学のスタジアムであり、多くの宇宙飛行士がこの大学を卒業している。
日本人宇宙飛行士の土井隆雄さんも、RICE 大学で Ph.D を取得し、宇宙飛行士になっている。

https://www.nasa.gov/sites/default/files/s62-05616.jpg

( NASA HP より )


RICE 大学での思い出


書いている段階になって気づいたことだが....

なんと RICE 大学での写真がほぼない(笑)(ToT)

まあ、皆さんも自分の大学の写真を撮らないように、慣れると写真など残しておかないものである。言い訳を加えると、「観光じゃなくて研究しに来たんや~~~!!」という退路を絶ち (渡米の 2 週間後に筆者の大学の院試があり、もちろん出願などしていない(笑)) 高い志を持ってきたのだから、写真なんぞ残すはずがなかろう。と言い訳しておく。

偶然にも、帰国前に思い出の場所を数枚撮ったので、そこを紹介したい。

研究棟

1. Brockman Hall

筆者の研究個室があった棟で、主に物性物理・機械工学系の研究室がある。
非常に近代的できれいな建物である。

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(目玉のガラス張りの外観をパシャリ)

2. Duncun Hall

筆者の指導教官と大学院生のメンターの居室がある棟。コンピュータ系の学部の教授や学生のオフィスがある。
独特な雰囲気の内装がポイント。

http://www.kendall-heaton.com/wp-content/uploads/2014/12/Rice-University-Anne-Charles-Duncan-Hall-4.jpg

*(写真がなかったので、 http://www.kendall-heaton.com/ より抜粋)


3. オフィス

Duncun ホールの数百とある部屋の一角がメンターの Caleb の部屋で、よく研究プロジェクトについて議論したり、様々な知識を教えてもらった。コンピューター&応用数学系の学生の部屋には必ず黒板があったことが非常に印象的。

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(写真はプロジェクトの一コマ)


キャンパスでお気に入りの場所

1. Cafe 'RICE Coffee House'

学生が運営しているカフェで、常に学生であふれている。
モカが US$ 2.5 と普通のカフェと比べるとリーズナブルでおいしい。
RICE に訪れる機会があったらメインの学生センターにあるので是非足を運んでほしい。

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(カフェと静かなテラス席)

2. Bar 'Valhalla'

ビール 1 杯が US$ 1 以下で楽しめるキャンパス内のバー。ここも学生がバイトしている。
昼はサンドイッチが食べられ、夜はバーに変身。
金曜の夜の研究後に友人と楽しく飲むには最適

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キャンパス散策

1. 夕方に出現するキッチンカー

研究しているとついお腹が減る...
そんな時はキッチンカーに結構筆者はお世話になった。
US$ 10 程度でボリュームある " The USA" なご飯を楽しめる。

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(日替わりで夕方の 5 時ころから出現)


2. 不思議な石

学生でもよくわからない不明な石達。0, 45, 90 度に石が傾いて設置されている。

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続いて、ヒューストンのキャンパス以外での貴重な写真たちは次回のブログで!!

To be continued !!

留学記第 6 章 ~ 今日の自分が明日の自分を作る ~

[ 小さな確かな積み重ねの毎日 ]

近況報告

先日、筆者が所属する大学院の 2 月期入試が行われ、8 月期に出願していない筆者は受ける羽目になった(笑)。
渡航するまでの数か月間大学で研究するためであるし、大学生(院生)という身分は何かと役に立つ)

発表日が 2 週間後なので合否は明言できないが、読者の皆さんはあまり心配しなくて良いと思います!とだけ言っておきたい。
(筆者の指導教授は愉快で嘘がつけない人物である (*^^*)。 )

あとは、卒論が終了したとたん、新たなプロジェクトがスタートした。指導教官に卒論終了後まもなく、
「早く進めてください!!!!」
と言われ、休む暇もない忙しい毎日がまた再開しそうである(恐らく変わらない毎日が続くんだろう...)。

目標への漸近

8 月まで、課題・語学試験・進まない卒論・GRE (後のブログで触れる)・奨学金書類作成 & 出願・メールの作成などの怒涛の毎日を送っていた筆者。

そんな筆者に夏、絶好の機会が訪れた。それは、アメリカ南部テキサス州ヒューストンにある RICE 大学での 7 週間の研究留学である。

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話は遡って 3 月末。 

筆者は、大学院出願においてキーファクターとなる夏にぜひアメリカの大学を訪問するか、どこかの大学で研究できる機会を伺っていた(アメリカの大学に出願する際、アメリカでの研究経験やアメリカの大学の教授から推薦状を書いてもらうことは非常に強力な武器になる)。

そこで出会ったのが、Nakatani-RIES Fellowship という日米の大学生が交換で大学で研究留学する中谷財団主催のプログラムである。
詳しくは以下の HP を見てほしい。
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http://nakatani-ries.rice.edu/

初年度で競争相手も少ないことも助けとなってとんとん拍子で進み、4 月に奨学生に選ばれた。

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そんなこんなで 8 / 10 に日本を出発し、筆者の今後を左右する短くも濃密な 2ヵ月弱を過ごすことになった。
(研究留学中の筆者について写真を交えて次のブログで紹介しよう。)

ヒューストンでの研究留学

ヒューストンで筆者を迎えてくれたのは、コンピュータ & 応用数学科の Heinkenschloss 教授と彼の Ph.D 学生の Caleb であった。

教授は非常に多忙であったため、Caleb が筆者のメンターとしてほぼ毎日マンツーマンで指導に当たっくれた。彼は Ph.D 6 年目で、今年 Ph.D 学生の最終関門である Defense を予定している学生であり本物の研究者に今なろうとしていた大学院生であった。

対して筆者は研究らしきものを始めて数か月しかたっていない、右も左もわからぬ一介の学部 4 年生である。

当然毎日彼から、研究技術 (プログラミングの技術、デバック [プログラムの間違いを直すこと] の仕方等) や研究への姿勢、価値観、進路など参考にし学べることは多くあった。プログラムの知り合い達と比較し、筆者のメンターのレベルは高く非常に幸運であった。彼から学んだことの多くは今の自分の基礎を作っている。

お互い、初めて教える者と習うもの同士、国籍も年も価値観も全く違う、状況。

そう。衝突である。

原因は筆者が彼の言った方法でデバックしなかっただけ?であったが、彼は相当にフラストレーションがたまったようだった。

しかし、毎日共に働いたこと、積極的に学ぼうとする姿勢、そして何よりも成果 (モデルの完成) が物を言うものだ。

彼と段々と打ち解けると、すべてがうまくいった。
コーヒーをともにしたり、食事に出かけたり。最後には、筆者と Caleb、彼の彼女と、彼女の兄という何とも変な 4 人のメンバーで日本料理屋を語る中華料理屋(笑)にも連れて行ってもらった。

この夏で筆者が感じたのは、「今日の自分の努力無くして、明日の自分はない」ということである。

最終的に教授にも認められ、彼から、「冬の大学院への出願に何か助けてほしいときは遠慮なくいってくれ」と申し出てもらえた。
夏の研究留学で作成・発表したポスターはメールでのコンタクトにおいて良いアピールになった。
様々な大学の教授から良い返信をもらえた。


もちろん周りのサポートがあったのも事実であるが、周りがサポートしてくれたのも筆者が真剣に大切に必死に毎日自らの人生を変えようと生きていたからに他ならない。

そういう、地味で根気が必要で、時に苦しく、ほんのたまに最高にエキサイティングな瞬間がある 1 日 1 日を少しずつ積み重ねていくことが、途方もない暗闇の続く道なき道に少しづつ明かりをともし、1 歩先の道を作り、やがて、目的地への道筋を作る行為に他ならないのではないないだろうか


小野雅裕氏という MIT で Ph.D を取り、現在 NASA で働いている偉大な先達が残した言葉がある。

「きっと本物の自信とは、レンガをひとつずつ積み上げてゆくようにして築くものなのだ。」
彼のブログ(下記)より抜粋
hiroono.com

私の経験は彼の MIT での苦労と比べると次元は違うが、人間、何か本気で変わりたい、成果を残したいといういわば「人生を賭ける時」に立ったとき、筆者や小野氏の言葉のように、細部に宿るものが正しい(と思われる)道へ自身をいざなうのではないだろうか。

といった感じで、この章は何とも重い内容になってしまったが、次章は、ヒューストン(といっても研究室とホテルの行き来しか記憶がないが(笑))、ペンシルベニア、ワシントンDC、そしてニューヨークでの思い出の旅行記にしたい。

乞うご期待!!