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田舎学生の海外大学院学位留学挑戦記

とある田舎出身の学生が海外大学院での学位留学に挑む汗と涙と命を賭けた壮絶な体験記です。

留学記第 3 章 ~私という無名の存在~

[ 奨学金という名の特急切符 ]

第 2 章で伝えきれなかった奨学金についてだ。
前回のブログで書いたように、春休み 2、3 月に奨学金のリストアップを強くお勧めした。
ここでは、奨学金の種類 (自分が受けた財団) について今回は紹介したい。

奨学金の重要性

このブログで何度も書いてきたが、アメリカ、イギリスなどの理系大学院生は学生でありながら研究員に近い形で働いている。
彼らは報酬として学費と生活費を支給され、研究成果を対価として教授に提供する。

研究費獲得が大変なのは万国共通であるから、そこに優秀な学生が資金を持ってきてくれれば、研究室としては安い予算で雇うことができ、出願に際して有利な立場に立てる。
また、奨学金を取れるということは第三者から優秀であると証明されたことでもある。
加えて、自分のお金でもって研究を進めるため、研究の自由度がある...など多くのメリットがある。

また、イギリスの場合、EU 圏外の学生にはアメリカのように学費・生活費が一切出ないため (少なくとも入学から数年のあいだは出ないため)奨学金獲得が至上命題となる (400 万近くの学費と生活費を毎年払えれば必要はないが...) 。

応募した奨学金団体一覧

以下では、2016 年度に筆者が応募した財団について紹介する。
募集期限や支援内容は年によって変更されることがあるため、参考にされる場合は必ずご自身で確認していただきたい。

伊藤国際教育交流財団

対象 : 日本人学生 (修士または博士課程希望者)
対象分野 : 全分野 (ただし出願地域別で 3 コース)
授業料:300 万以内 / 年
生活費:コースによって異なる
給付期間:2年
募集人数:3 コース合計 15 名 (コースによって募集人数が異なる)
募集期限 : 8 月下旬頃
URL : http://www.itofound.or.jp/home

中島記念国際交流財団

対象 : 日本人学生 (修士または博士課程希望者)
対象分野 : 情報科学生命科学、又は経営科学 
授業料:300 万以内 / 年
生活費:20 万円 / 月 + 支度金 50 万円
給付期間:2 年 (ただし生活費は最長 5 年)
募集人数:10 名
募集期限 : 8 月下旬頃
URL : http://www.nakajimafound.or.jp/index.html

村田海外留学奨学会

対象 : 25 歳以下の日本人または永住権をもつ学生(学部または博士前期)
    37 歳以下の准教授・講師・助教・助手、ポストドクター、大学院(後期課程)
対象分野 : 法学、経済学・経営学、理学、工学
授業料:? 万以内 / 年
生活費:? 万円 / 月 
給付期間:2 年
募集人数:2-4 名
募集期限 : 8 月中旬頃
URL : http://www.muratec.jp/ssp/guidance1.html

船井情報技術科学振興財団

対象 : 日本人学生 (博士課程希望者)
対象分野 : 理工系分野、生命科学分野、および、経済・経営分野
授業料:全額 / 年
生活費:2,500米ドル / 月 + 支度金 50 万円
給付期間:2 年
募集人数:10 名程度
募集期限 : 9 月下旬頃
URL : http://www.funaifoundation.jp/scholarship/scholarship_summary.html

吉田育英会

対象 : 日本人学生 (博士課程希望者)
対象分野 : 人文科学系分野、社会科学系分野または自然科学系分野
授業料:250 万円 / 年
生活費:20 万円 / 月
給付期間:2年
募集人数:5 名程度
募集期限 : 9 月下旬頃
URL : http://www.funaifoundation.jp/scholarship/scholarship_summary.html


この他にも、フルブライトなど学費生活費をフルカバーしてくれるものや、経団連等々の一部支援まであるので広く見てほしい。

因みに、イギリス志望者は Chevening という英国外務省が提供する 1 年間の支援もあるので、イギリスの修士課程進学者はぜひ参考にしてほしい。(筆者はこれに出願しておけばと後々公開した。)
http://www.chevening.org/japan

参考サイト

ここでは、僕が参考奨学金のリストアップに使用したサイトを紹介する。

ryugaku.jasso.go.jp


abroadoctor.blogspot.jp

留学記第 2 章 ~いばらの道の始まり~

[ 長い長いトンネルの入り口で ]

進展報告

まずは進展報告から。

今日はうれしい進展が 2 つほど。進路の話ではないのであしからず。
まず 1 点目は国際ワークショップでのポスター発表が正式に確定した。2/28-3/2 まで神戸で開催される理研主催国際ワークショップである。

2 点目としてはスパコン講習会にも参加できることになった。スパコン用のプログラミング技術を身に着けたい。

A good beginning makes a good end

第 1 章 (前回記事) では、3 年次の夏季休暇中のアメリカ短期留学から、12 月の米国大学院学生会主催の留学イベントで全てを賭ける決意をしたところまで書いた。

そしてこの勢いのまま、2 月からの研究室仮配属へと移っていく。
このスタートダッシュ期で筆者がしたことは以下の 3 つである。

語学試験対策

学位留学のみならず一般的な留学希望者 (特に英語圏) にとって最も一般的な壁の 1 つは「語学試験 (TOEFL / IELTS)」の基準点を超えることであろう。

筆者自身は夏季の留学もあったことで語学試験の勉強は春ごろからぼちぼち始めていた。テスト前の1ヶ月程度集中して対策し、普段は YoutubeIELTS の Listening 教材1.5 倍速再生してシャドーイングするなどしていた。

(*) 英語勉強法について詳しく書いた WEB ページはこの世に腐るほどあるので、勉強法についてはそれらのページを参考にしてほしい。

その甲斐があってか、出願 1 年前の 12 月には IELTS で Overall 6.5 (TOEFL = 85-95 程度 ) のスコアは持っていた。

プランとしては、出願年の春ごろまでにほぼすべての大学院を網羅する基準である IELTS 7.0 ( TOEFL = 100-105 程度 ) までを目標としてより集中して取り組んだ (つもりであった...)。

当時は (今振り返っても) 十分すぎるスタートであったはずだった...。

研究テーマ候補の決定

交換留学等との大きな、そして決定的な違いとは、研究 (どのような研究をしたか?どのような研究成果があるか?) が大学院進学においては非常に重要な要素になることだ。

これは、第 0 章でも述べたように ( +@ 補足すると) 大学院では学生は研究室の教授が獲得した資金他、学部の予算によって「雇われている」ためである。
つまり、研究成果を出せる (ようなポテンシャルを持つ) 学生が求められている。

大学や研究室によっても研究テーマの決定方法は異なると思うから一般的なアドバイスはできないので、ここでは筆者がどのように決定したか紹介する。

研究テーマ決定までの流れ

筆者は気象学専攻の学生であった。幸いにも(もしくは人によっては面倒臭いかもしれないが)、筆者の所属する研究室は研究テーマの決定は各個人個人に委ねられていた。

そこで、今後の発展がより期待される + 自分が興味があるような項目 でフィルターをかけて 2, 3 個程度に絞っていった。
今後の発展がより期待される というのは、今後の大学院進学を考えて、すこしでもパブリッシュに有利なように (そして Ph.D がとれるように) という何とも腹黒い理由である(笑)

結果的にデータ同化という、数値予報の精度改善に関する手法の研究に決定した。これは気象学 + 計算機科学(大規模計算) + 数学 等々の複数分野にまたがる学際的な研究で、気象学のいて近年最もホットな研究テーマの 1 つである。

結果的にこの進路選択は現時点では正しかったように思えるし、この研究テーマを選んだおかげでその後の自分の 1 年間も実りあるものになった。やはり、研究テーマの決定は、進学にしてもキャリアプランという観点でも非常に重要であるように思える。

進学先候補奨学金候補のリスト化

最後にこの比較的暇な時期にぜひやってほしいことがある。それは、進学先候補奨学金候補をリストアップすることである。

進学先候補のリスト化
アメリカのほかにイギリス、スイス、ドイツ...と研究に力を入れる優秀な大学なんて世界に星の数ほどではないけれども沢山ある。 Harvard、MIT 以外にも素晴らしく、自分の研究にマッチした教授がいる環境は多く存在するので研究テーマが決定したら、論文で読んだ教授学会賞を受賞した教授論文引用数が多い教授など様々な角度からできるだけ多く探してほしい。(筆者は出願直前の 12 月にも進学先候補を発掘するなど、まだまだリスト化が甘かったように思える)

QS などの大学ランキングが必ずしも自分にとってベストな環境とは限らないが、レベルの高い大学はやはり上位にランクインしていると思うから、最初にリスト化するときは以下のサイトを参考にすると良いかもしれない。

QS
www.topuniversities.com

US News
colleges.usnews.rankingsandreviews.com

長くなってしまったので、奨学金候補の回は次回にしよう。

そんなこんなで、筆者の壮絶な 1 年間が始まった。

留学記第 1 章 ~人生の転機 - そして留学へ~

[ 留学という名の人生選択 ]

ここでは、筆者が留学しようと決意した経緯についてまとめたい。
というのも、良く友人や後輩たちから「なんで留学しようと思ったの??」と聞かれるからだし、読者の方々も恐らく気になる話題であるかもしれない。

進展報告

とか言ったがまずここで進展報告をしたい。
Pennsylvania State University から何やら不思議なメールが来た。
"acknowledge receipt of your application to our program" という言いだしであるが、

f:id:kurironaldo7:20170126124940p:plain

こんな内容である。 Reject ではないが、志願者全員への一様な自動返信でも無さそうである。とりあえず助教がイギリスから帰国中なので聞いてみることにしよう。

人生の転機 ~ 生涯忘れられぬ経験 ~

寄り道をしたが、早速留学に心が傾いた過程について書きたいと思う。

とある東北の田舎出身の筆者には、都会出身の学生との留学についての価値観がそもそも違っていたなと感じる。
彼らの周りには、帰国子女が多く通う高校や、高校の時点で海外研修があったり、留学についての認識に大きな隔たりがあった。(環境の違いについてはきりがないのでこの辺りにしておく)

そんな訳で、大学 2 年次までは留学など眼中になかったし、別世界の話であった。
しかし、筆者はサッカーを小学校からやっていて好きだった。特に中学から高校にかけてはサッカー以外していない。香川や長友といった選手が海外で活躍するシーンは良く見ていたから旅行くらいなら行きたいな~と軽い憧れくらいは持っていた。

だが、高校で膝に大ケガを負ってしまい、高校の最後の 1 年間~大学 1 年時の冬までに 2 回も手術を受けたせいで 、サッカーをプレーすることに限界を感じていた。あまりにもサッカーから離れすぎた(そもそも満足な運動さえできなかった)数年間の代償は非常に大きかったし、リハビリにも退屈して、心に空虚感を感じていた。

そんなこんなで、大学 1 年次の終わりから半年間かけてコツコツ(親に内緒で)お金を貯めて綿密に計画をたて、欧州を1か月弱、イギリスの北端からイタリアの南端まで 1 人でバックパックしようと決心した。

バックパックはそれまで体験したことのないエキサイティングな日々で、自分がそれまで生活していた範囲が如何にちっぽけであったか感じたし、同じような年代の友人が行く先々で出来て、生涯忘れられない経験となった。欧州で会う人のなかには、現地の大学やビジネススクールに通っているアジア人留学生が多くいて、彼らのようなキャリアパスもありだなと思うようになっていった。

この欧州縦断が、今思えば、今の自分に繋がっていたと思う。いわば、筆者の人生が少しずつ変わり始めた瞬間であった。

UC Berkeley Summer School への参加

前年のバックパック以降、留学という選択肢が自分の中でどうしても忘れられず、様々機会を伺っていた。そんなこんなであのバックパックから再び 1 年が過ぎた夏、ついに大きな一歩を踏み出すことになった。

そう、筆者は留学したのである。

それは大学 3 年次の夏に参加した UC Berkeley のサマースクールである。
(そもそもなぜサマースクールに参加したかはこれまた長い話になるので後日触れたいと思う。)

UC Berkeley については言わずもがなの名門大学である。

https://files.graphiq.com/5307/media/images/University_of_California-Berkeley_5686897_i1.jpg

colleges.startclass.com

入学は非常に狭き門であるが、サマースクール程度なら最低限の英語の点数とある程度の資金があれば問題ない。(あとはある程度の成績か?はっきり言ってサマースクールは大学の良い資金獲得の場でもあるから、留年の危機にさらされるほどの学生でなければ大丈夫だと思う((笑)))

講義は地球科学の講義 (*注 : 筆者は地球科学専攻の学生) に、ビザの単位を満たすために英語のクラスをとった。

内容的にはそれほど難しいわけではないが、如何せんそれまで大して英語で自分の専攻の科目を勉強などしていないから割と大変ではあった。
いきなり、となりの見ず知らずのアメリカ人学生 (berkeley の学生) とディスカッションしなければならなかった。当時 (今も?) お世辞にも流暢に英語を扱えるといったレベルではなかっただろうから大変なチャレンジであった。

しかし、ここで1か月半~2ヵ月弱「お試し入学」してみて、実際アメリカの大学の雰囲気を味わえたし、何人か大学院に行きたいという友人とも出会って刺激し合えたことは良い経験であった。日本では普段酒を飲まないかぎり語りあうことなんてなかったし、筆者の所属していた日本の大学とは異なった魅力 (競争と調和) はやはりアメリカの大学の醍醐味だったと思えた。


実際に留学に関心があるけどまだイメージが沸かないという理系学生へ、筆者はまずこのサマースクールを強くオススメする。

本気の留学説明会

そんなこんなで帰国してある程度アメリカの大学・大学院のイメージが掴めたところで、米国大学院学生会が主催するイベント等に参加し、ここで夏に芽生えた「大学院学位留学への憧れ」が「確かな目標」へ変わった。
(米国大学院学生会については以下のサイトを見てほしい)
gakuiryugaku.net

米国大学院学生会は主にアメリカの Ph.D 過程に在籍する日本人の大学院生によって組織されている留学を布教?(笑)するイベントである。大学院学生のプレゼンのほかに、参加者からの質問にパネル形式で答えたり、懇親会で様々質問出来たり実りある説明会である。(よくある留学斡旋会社のスタッフがブースでしゃべる説明会の100万倍くらい参加する価値がある。)

夏の時点では、大多数の学生が思う「博士まではちょっと...」という考えを筆者も持っていた。
しかし、アメリカでの短期留学で世界のトップ大学で切磋琢磨することによる 1 人間としての成長というメリットの他に、学生会の方から、「Ph.D をとった学生は日本と違って、Industry (民間の企業) で非常に重宝されるし、修士や学士卒の人より責任ある仕事をやがて任せられる」とアドバイスいただいて、今まで持っていた、

Ph.D = Academic の世界だけ」

の図式は完全に崩れた。そして

「これはやるしかないでしょ!!!」

と火に油を注ぐがごとく、目標にまっしぐらになっていった。

留学記第 0 章 ~学位留学ってなに?~

[ なぜ 学位留学 なのか? ]

2017 年 1 月下旬。現在筆者は、卒論からの開放後、海外大学院からの内定メールを今にもパンパンに張った風船が張り切れんばかりのような気持ちで待ちわびている。


そう、私は海外大学院への進学希望者である。


海外大学院と言ってもなんてことはない。大学である。ただ日本にないだけ。
しかし、(恐らく)「日本とはまた違う経験ができそうな気がする。」「この自分の人生を絶対変えたい。」
この 1 年間でその思いが強くなった。


ここで筆者について少しまとめる。
とある事がきっかけで海外のトップ大学院を目指すようになった、とある国立大学で気象学 (ほとんど計算科学に近い) を学んでいる学部 4 年生である。進学先はまだ決まっていない。

留学を志す人は意外に多いかもしれない。
最近は政府や外務省支援の短期研修も多いし、大学や団体斡旋の交換留学 (数週間~ 1 年未満) も人気である。語学学校に留学していた親しい先輩や友人も多い。

しかし、彼らは言葉は悪いが「お客様」としてそれらの機関に滞在している。程度の差はあれ、帰る場所は保証されているのがふつうである (勿論それを悪いとは言っていないし、私もお世話になったことがある)。


では、「学位留学」(現地の大学の学生となりそこで学位を取得する留学) はどうであろう?

学位留学になると一般的な留学と比較し、やはり敷居が高いと思う。

  • 語学試験
  • GRE(アメリカ)
  • 教授からの推薦書
  • 業績
  • 莫大な留学資金 (修士のみのコース、学部)

 などなど・・・が必要となってくる。

しかし、トップの海外研究大学 (Harvard や MIT, Cambridge といった名門大学の大学院) への Ph.D 過程(博士課程)の留学は 1 点大きく異なることがある。

それは、彼らは「雇われている」のである。修士や学部生が払うような大金を払う必要が基本的にはない。授業料も生活費も支給される。様々な国から学生が集まり切磋琢磨できる素晴らしい環境がある。

つまり、そこは世界中から優秀な頭脳が集結する。言わば「知識の戦場」である。
実際、その険しさから多くの学生が脱落している。

そんな険しいところに、交換留学のように確実に帰る場所もない状態で留学しようなんて一般的に考えてリスキーに違いない。
そもそも日本のような住みやすい国から出ていくこと自体、ある意味で普通に考えるとおかしいことなのかもしれない。

では、なぜそんな学位留学のために 1 年間命を賭けてきたか。このブログで少しずつまとめていきたいと思う。そしてこのブログが私のように海外大学院へ留学する後人に少しでも有益になればと思う。

実際筆者もまだ正式に内定は出ていない身であるから、順次結果をこの場で報告できれば良い生きた証を残せるのではないかとも思う。